「事業単位は自分一人」の自由を追求した働き方。

「事業単位は自分一人」の自由を追求した働き方。

株式会社A 代表取締役プロフリーター関 直哉さん

自分で会社経営をする一方で、複数の企業と契約を結び、一個人のクリエイターとしてさまざまプロジェクトに参画する。「職業は?」と聞かれると「プロフリーターです」と即答する。そんな関 直哉さんのビジネスを支えるのは、自由な環境から生まれる仕事への熱意と、多彩な方面に広がる豊かな人的ネットワークだ。会社という枠にとらわれない独創的な働き方や、人脈づくりについて話を伺った。

関 直哉さんのトレンドリング
株式会社A 代表取締役/プロフリーター 関 直哉さん(32歳)
3歳からスキーを始め、15歳から4年間アメリカ・バーモント州にスキー留学する。帰国後、ウインタースポーツ関連の企業でグラフィック・WEBデザイナー兼ディレクターとして経験を積んだ後に独立。現在は、企画立案からデザイン制作、運営管理まで何でも一人でこなす傍ら、広告クリエイティブや飲食事業などを手がける株式会社Aの代表を務める。

― このたび関さんをご紹介くださった、株式会社エクスパンダの浦木健太さんとの出会いについて教えてください。

アメリカに4年間のスキー留学をしていた高校時代、仲良くしていた先輩のお兄さんが健太さんです。健太さんも同じ高校の卒業生だったんですが、初めて会ったのは帰国後で、先輩の実家に泊めてもらったときです。以後、10年を超える長い付き合いになります。自分でしっかり事業をやりつつスキーの解説業も手がけるなど活躍の場が広く、素直に「カッコイイ!」と思える先輩です。

― 関さんは、留学して帰国後にデザイナーとしてスタートされたのですね。

関 直哉さんはい。デザインのおもしろさに目覚めたのはスキー留学中で、現地でスノーボード選手が持っているボードのグラフィックに魅せられたのがきっかけです。こういうのが自分でデザインできると面白いんじゃないか、と思ったんです。帰国後に自分でIllustrator(グラフィックソフト)をいじるようになり、夢中になりました。

デザイナーという肩書きは名乗ろうと思えば名乗れるもので、Macと名刺を用意してともかくまず「デザイナー」になりました。友人・知人からショップカードや個人サークルのロゴ・ステッカー制作などの依頼を受け、受注した後で「これはどうやって作ればいいのか?」と試行錯誤しつつ独学でグラフィックを学びました。慣れてくると紹介が増えて案件の幅も広がり楽しかったですね。そうこうしているうちに、大阪にあるウインタースポーツ関連のイベント企画・販売の会社から誘っていただき、デザイナーとして入社しました。

その会社には9年間いました。先輩デザイナーに初めてちゃんとしたグラフィックデザインを学び、WEBデザインも覚えました。同社の東京支店に移ってからは、デザインだけでなく企画制作からクライアントへのプレゼン、制作ディレクション、イベント運営までほとんど一人で担当しました。スキー場での大規模なキャンペーンなども任せてもらったりして、すごくハードでしたが身につけたものは大きかったと思います。

― 独立・会社設立を考えたのはどうしてですか?

前職では非常に自由にやらせてもらえて、制作・運営に関してはもちろん、見積や請求なども裁量で決めて報告すればいいような感じでした。それが自分にすごく合っていたんですが、もっと自由を追求した働き方ができないかと考えたんです。会社員という枠を離れて、しがらみのないところで自分の仕事をしてみたいと思いました。もともとは経営者になるつもりはなかったのですが、かつての取引先の社長との間で「クリエイティブに強い新会社をつくろう」という話が持ち上がって、その代表を務めることになりました。そうして生まれたのが株式会社Aです。

― 「プロフリーター」という働き方について教えてください。

関 直哉さん名刺にインパクトを与えたくて考えた造語が「プロフリーター」です。株式会社Aの代表をやっていますが、1社に属してそこの仕事だけに専念するというのは性に合わなくて、他の複数の会社とも契約を結んでクリエイティブディレクターとして事業に参加し、それぞれの名刺で仕事をやっています。だから本業はあくまでプロフェッショナルなフリーターなんです。

今のようなスタイルで働くメリットはいろいろあると思います。時間を自由に使えるし、会社でありがちな雑務を振られることがありません。がんばり次第で収入も増やせます。会社員時代よりも仕事のキャパシティは上がった気がしますね。出勤で時間を縛られない分、朝でも昼でも夜でも集中力が続く限りずっと仕事にのめりこめます。人の3倍ぐらい働いている感覚はありますが、働くのは好きなんです。楽しい仕事がしたいから、仕事も自分で選びたい。それができるのがプロフリーターという働き方なのだと思います。

事業単位は自分一人で、何でも自分でやってしまいたい僕の性格には合っています。ただ、時間的な制約や業務内容の適性を考えて、当然チームを組んで仕事をすることも多数あります。プロジェクトごとに同じ志向のメンバーが集まるから、気持ちが通じるというか、一緒に働くのが楽しいですね。

― 今後、仕事の上でどのような展開をお考えですか?

関 直哉さんまずは設立したばかりの株式会社Aを安定させること。特に、最近飲食に特化した事業部を設けて、牧場直送の材料をその場で調理して提供するキッチンカーの営業を始めました。そちらを軌道に乗せたら、次は実店舗を持つことを考えています。飲食事業を展開する上でも、マーケティングや各種販促物のデザイン、プロデュースは不可欠で、今まで培ってきた力を自分自身の事業の中で活かすときだと思っています。

また、もうひとつ、僕がクリエイティブディレクターとして参画している会社で、「スコップ事業」というのを進めています。地方で埋もれてしまっている良い商品、素材を掘り起こして社会に発信していこうというものです。例えば今計画しているのは、僕の地元・長野県のりんご農家と協力し、りんごジュースやジャムを独自開発することです。現在、りんご栽培だけでは生計が成り立たないというりんご農家も多く、一年を通して安定した収入源を確保できれば地域貢献にもつながります。

将来的には、事業ごとに複数の会社を持てたらいいと思っています。株式会社Aはクリエイティブを中心にした会社ですが、例えば今後株式会社B をつくってそこでは飲食事業をやって、また株式会社Cではこの事業を……などやってみたいですね。もちろん一人の力では難しいですが、「こういう事業をやってみたい」という人がいれば一緒に会社を設立し、将来的にはそのパートナーに任せて次々にいろいろな事業を展開できると理想的です。ちょうど僕が今、かつての取引先の社長から会社を任せてもらっているのと同じ形ですね。

― 人脈や交流を広げるために心がけていることはありますか?

関 直哉さん仕事上の付き合いも広い方だと思いますが、それ以上にプライベートでの交流が多く、それが新しい仕事に結びつくことが多い気がします。いわゆる「営業」をした経験はほとんどなく、紹介の繰り返しで仕事がつながってきました。唯一で最大の営業の方法は、今目の前にある仕事をきっちりやることだと思っています。任された仕事を全力でやって期待された以上の成果を残せば、必ず次を紹介してもらえますから。自分で営業をやらなくても、周りが自分の営業をしてくれるんです。

あと、これは上京して住まい探し中に先輩からアドバイスされたことですが、郊外ではなくできるだけ都心部に住むこと。「今からちょっと出て来られる?」と軽く誘ってもらえる範囲に家があることは、実はけっこう重要です。自分の知り合いが外で飲んでいたりして、誰かおもしろい人と出会ったとき、声をかけてもらえるかどうかということです。誘われたら極力断りません。

僕の友達には交流関係の広い人が多くて、そうした「友達の友達」もまたフレンドリーな人ばかりで、どんどん輪が広がっていきます。おかげでいろんなジャンルに友達がいます。僕自身、もともと人が好きなんです。プロフリーターとして働くのに必要な能力があるとしたら、「人たらし」でいることでしょうか。

― 次回、登場予定の光本勇介さんとの出会いや、その後のお付き合いについて教えてください。

最短2分で簡単にオンラインストアがつくれるWEBサービス「Stores.jp」を提供するのが株式会社ブラケットで、光本勇介さんはその代表取締役です。Stores.jpが登場したとき、すごいサービスだなと注目していたのですが、いつも一緒に仕事をしている会社の社長が、facebookで光本さんと繋がっている人がいることが分かったんです。それで紹介してもらったところ、発想がユニークな予想通りの面白い人で意気投合しました。しかも、偶然にも生年月日まで同じことが判明。なかなか会う機会は少ないですが、よくメールをやりとりして情報交換しています。2008年に会社を立ち上げて、BtoC市場ですでに事業を軌道に乗せているという点で、尊敬できる同い年の先輩です。